カラスの子はカラス
まだ、独身だったある日、大学生の時の戦友(?)池上に会いに車で津山にゆこうと思い立ち、会社から帰って母親にそう告げると、いつになく心細い声で「こんな遅くから行っても大丈夫なのかい。行くのなら、日を改めたほうがいいんじゃないのかね。変な胸騒ぎがするんだよ」というので、ここは母親の言うことを聞くことにした。  事故にでも遭遇して命をうしなったらもともこもないからだ。 しかし、母親の胸騒ぎは本当のものだった。........  
あきらめて、テレビのスイッチを入れたときだった。電話がなり、母が電話をとったのだが、なにやら母親の声がうわずってきて、緊急事態が発生していることがわかった。 電話を置くなり「おまえを津山に行かさなくてよかった。今、警察から、おとうさんが川に自転車ごと落ちたところを通りがかりのタクシーの運転手が発見し、警察に通報されたらしいよ。で、かなり酔っているので、倉谷橋のところまで家族の方に迎えに来て欲しいって電話がかかってきたんだよ」 「それで、おやじは無事なんだね」「警察が保護してますっていってたから無事だと思うけどね....」「じゃ、はやく着替えて迎えに行こう」 と言う流れで私と母の会話が緊急時の中で交わされ、自動車で倉谷橋に向かったのである。
国道から倉谷橋にはいるところで、遠くのほうに赤いランプが山のように騒がしそうに光っているのを見た時、我がおやじが大変な騒ぎを引き起こしていることを知った。 おやじが川に落ちたと言う通報を受けただけで、パトカーが3台と救急車が1台、レンジャー部隊みたいな車が数台小さな橋の上に集結していた。 その中央の救急車のバックドアのところに腰をかけたおやじの姿を見たとき、不謹慎ながら、おやじを非難する気持ちよりも「おやじ!やっぱ俺のおやじだぜ、サムライだぜ」とかばいたい気持ちが強かったのは何故だろうか。  
          
警察の話によると、現場に着いたときおやじはすでに自転車を背中にしょって自力で川から這い上がったところだったということである。おやじの顔は映画で見たETのように横に腫れ上がり橋から落下した衝撃を物語っていた。 救急車で応急治療して、救急病院まで運ぼうとするのだが、てこでも救急車に乗らない「わしは大丈夫だから、家へ帰りたい」と言って聞かなかったらしいので、家族に電話させてもらったということだった。 とりあえず、警察の皆さんにお礼を言ってから、おやじは私が病院に連れていきますのでここはお引き取り下さいと申し出た。  
病院に着くと、顔を何針か縫ってもらっていたが、おやじは麻酔もせずに痛いとも言わず、おとなしく、死んだように治療を受けていた。  翌日は、ふつうの家族なら母親がきちがいのように非難するところだが、さして怒っている様子もなく、笑い話になってしまった。 
       
それにしても、東舞鶴でたらふく飲んで、自転車で30分以上もかけて西舞鶴に帰ってきたおやじのバイタリティと川に落下してから、自転車もろとも急勾配の斜面を這い上がってきた体力と、家族以外の言うことを聞かない頑固さとに敬服してしまった。
他人が見たら、本当に迷惑な話であるし、決してこういった行動がよいというわけではないが、酒蟷螂としては、こういうおやじであったことに誇りを感じている。                 
つまり、カラスの子はカラスということなのかもしれない。