小さな「魚キラー」がアメリカで猛威(1999.9.12日経新聞より)


フィエステリア.ピシシ−ダ....魚がちかずくと変身して殺す


魚が近づくと変身
米ノースカロライナ州のヌース川河口付近では80年代半ばから小魚の大量死が目立つようになってきた。毎年のように魚の死骸が水面を埋め尽くすという。88年に同州立大学の植物学者ジョアン.バークホルダー教授が藻類の仲間「フィエステリア.ピシシーダ」が大量死の犯人であることをつきとめた。
正確には渦鞭毛藻類といい、渦巻き状のべん毛で遊泳する微生物。赤潮の原因となる藻類も仲間だが、フィエステリア.ピシシーダは成長に伴い24種類以上の姿に変身する能力をもつ。大きさも1ミリの200分の1くらいの目にも見えないサイズから1ミリ弱ほどまで変化する。変身は数分から数時間で完了するという。
普段は、川底をはい回りながら藻類などを食べる「アメーバー型」かべん毛で水中を泳ぎ回る「無毒遊走子型」、殻をまとって休眠する「シスト型」の3タイプのいずれかの形をとる。
だが、魚の接近を排泄物などから感知すると「有毒遊走子型」へと姿、性格をかえる。まっすぐに魚に泳いでゆき、毒素を放出して魚をマヒさせ、皮膚を傷つける。魚が生きているうちは傷口からはがれた皮膚などを食べ、魚が死んだ後に、アメーバー型にもどって死骸に取り付く。
最近の研究では、死に至らない微量な毒素でも魚の繁殖力や病気への抵抗力を奪う働きがあることがわかってきた。魚だけでなく人間に対する影響も心配されている。漁をしている最中に気分が悪くなった人や、フィエステリア.ピシシーダを培養していて吐き気や記憶障害、呼吸困難に見舞われた研究者もいる。現在、毒素の正体を見極める研究が精力的に進められている。
環境汚染も一因
フィエステリア.ピシシーダの大発生は大量のリンや窒素が水中にとけ込む河川の富栄養化が最大の原因であるという。フィエステリア.ピシシーダが見つかった川はいずれも水深が浅く水がよどみやすい地形で、周囲から流れ込む汚染物質の影響を受けやすい。ノースカロライナ州の場合は、生活排水や産業排水、養豚場などから出る動物の排泄物などが汚染源であった。
バークホルダー教授は「環境が正常ならばフィエステリア.ピシシーダは毒性を持つことなく、おとなしく暮らしている。大量発生は水質汚染によって生態系のバランスが崩壊した結果」と指摘する。米国での事件は「川が死で満ちるとき」というノンフィクションで紹介され大きな話題を呼んだ。
日本への侵入も
米国でフィエステリア.ピシシーダを研究した日本獣医畜産大学の和田新平教授によると、国内ではフィエステリア.ピシシーダによる魚の大量死の報告はないという。しかしべん毛藻類に詳しい北海道大学理学研究科の堀口健雄教授は「この種の藻類はどの海にもいるプランクトン。見つかっていないからといって日本にいないとは言い切れない」と話す。
バークホルダー教授も「船や鳥が海外から休眠状態のフィエステリア.ピシシーダを運んでくる可能性もある」と指摘する。
現に国内でも水質汚染が原因で赤潮やアオコの大量発生が頻発している。こうした問題を抱える日本にとって「米国のフィエステリア.ピシシーダ被害は決して向こう岸の火事ではない」(バークホルダー教授)と警鐘を鳴らしている。

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